親になってから、子どもだった頃とは違う角度で、親子関係を考えるようになりました。
子どもだった頃の自分、親になった今の自分、そして今になって少し見えるようになった両親側の景色があります。
両親の苦労は、以前より少し分かるようになりました。ただ、分かるようになったからといって、子どもの頃に感じた怖さや、今も納得できないことまでなくなったわけではありません。
はじめに|3つの視点で親子関係を見る
発達障害の当事者として自分の親子関係を振り返ると、ひとつの立場だけでは考えられないと感じます。
子どもだった頃の私は、親にどう関わってほしかったのか。親になった今、私は子どもとどう向き合おうとしているのか。そして、自分の両親のことを今どう感じているのか。
この3つはつながっていますが、同じ問いではありません。
どれかひとつを整理できたからといって、ほかの気持ちまで片付くわけではないと思っています。
私自身、今もすべてを整理できたわけではありません。
それでも、この3つの視点を一緒に考えることで、今まで見えなかったことが少しずつ見えてきました。
この記事では、整理しきれていない気持ちも含めて、そのまま書いていきたいと思います。
1 子どもだった自分が、親に伝えたいこと
発達障害のある子どもだった私は、友達とのすれ違いやトラブルを経験することがありました。今振り返ると、自分の特性が関係していた部分もあったと思います。何が起きたのかを自分なりに説明しても、「あなたにも問題があったのではないか」という方向に話が進んでしまいました。母親から話を聞いた父親が、夜になって大きく怒ることもありました。
こうしたことが何度も続くうちに、私の中には「どうせ説明しても信じてもらえない」という感覚が残るようになりました。
当時は、自分が親に何をしてほしいのか、うまく言葉にできませんでした。しかし、自分が親になった今、ようやく分かってきたことがあります。子どもだった私が本当に求めていた関わりについては、発達障害の子ども時代、親にしてほしかった関わりとはで詳しく書いています。
2 親になった自分が、大切にしたい関わり方
発達障害の当事者であり、発達障害のある子どもを育てる親になった私は、子育ての中で「きちんと対応しなければ」と考えすぎることがあります。自分が子どもの頃に経験したことを、わが子には繰り返したくない。その思いが強いほど、正しく関わらなければと焦ってしまうのだと思います。
しかし、どれだけ気をつけていても、いつも冷静に、正しく関われるとは限りません。思うようにできなかったとき、「自分も子どもの頃に嫌だった親と同じことをしているのではないか」と不安になることがあります。
そんなとき、長く関係が続いている幼馴染とのことを振り返り、ひとつ気づいたことがありました。幼馴染との関係も、最初からずっとうまくいっていたわけではありません。それでも関係が続いてきた理由を考えると、親子の関係にも通じるものがありました。
親が一度うまく関われなかったとき、そこからどうすれば、もう一度子どもの味方へ戻れるのか。私が大切にしたいと考えていることを、発達障害の子育てで「味方であり続ける」ための姿勢と関わり方で詳しく書いています。
3 親になって初めて見えた、自分の両親への感情
発達障害の特性があった私と、どのように関わればよいのか。子どもの頃の両親にも、分からないことや迷うことが多かったのだと思います。
その後、母親は私の発達障害について学び、転職という形で関わり方を変えていきました。父親にも、主治医の言葉をきっかけに変わった部分があります。私自身も親になり、両親がどのような気持ちで子育てをしていたのか、以前より想像できるようになりました。
それでも、父親が怒ることへの怖さは消えませんでした。親になったことで、両親への気持ちはどこまで変わり、何が変わらずに残ったのか。今の私が感じていることを、発達障害の当事者が親になって気づいた、自分の両親への感情の変化で詳しく書いています。
3つの視点を並べて初めて見えてくること
子ども時代を振り返った記事では、当時の私が親にしてほしかったことを書きました。一方、親になった今は、自分の子どもの側に立ち続けたいと考えています。この2つを並べてみると、子どもの頃の経験が、今の子育てにつながっていることに気づきます。
子どもの頃に親にしてほしかったことを、今度は私が自分の子どもにしようとしている。もちろん、実際には思うようにできないこともあります。それでも、子どもの頃の経験は、今の私がどんな親でありたいかを考える土台になっています。
そして、自分の両親について考えると、感謝していることと、今も納得できないことの両方が出てきます。私の子どもも、将来、私との関係を振り返る日が来るのだと思います。そのときにどう思われるのか、今の私には分かりません。ただ、今の関わり方が、いつか子どもが振り返る親子関係につながっていくことは忘れたくないと思っています。
だからといって、「今すぐ正しく関わらなければ」と自分を追い込む必要はないと思います。私自身も、親としてまだ分からないことや、うまくできないことがたくさんあります。すぐに答えを出そうとせず、その都度考えていくことも必要なのだと思います。
親と子のどちらか一方だけを責めない、という考え方
私が親として大切にしたいのは、いつも正しく対応することより、子どもの側に戻り続けることです。これは、親がすべて悪いという話でも、子どもに問題があるという話でもありません。
自分の経験を振り返っても、「親が悪かった」「子どもだった自分が難しかった」と、どちらか一方だけを悪者にすることはできません。どちらかが悪かったと決めるだけでは、自分の中に残っている気持ちは整理できないからです。
私は、両親の行動について、今も納得できないことがあります。ただ、両親にも迷いや苦労があり、その中で関わり方を変えようとしてくれたことも分かるようになりました。同じように、親になった自分も、完璧な親でいられるとは思っていません。
親を一方的に責めないことと、過去のことをすべて許すことは違います。両親の苦労を少し理解できるようになっても、子どもの頃に感じた怖さまで消す必要はない。今の私は、そう考えています。
理解できることと、納得できないことは同時にあっていい
自分の両親への感情を振り返ると、感謝していることと、今も消化しきれていないことが同時にあります。これは、すべてを整理できたという話ではありません。
父親が変わっていった経緯を知っています。母親が発達障害について学び、行動を変えてくれたことも知っています。それでも、子どもの頃に感じていた怖さが消えたわけではありません。両親のことを理解できるようになったことと、過去のすべてに納得できることは、別だと思っています。
子どもだった自分、親になった自分、自分の親を振り返る自分。この3つの立場から考えてみると、ひとつの答えにまとめなくてもよいのだと思えるようになりました。感謝しているけれど、納得できない。理解はできるけれど、怖かった気持ちは残っている。矛盾しているように見える気持ちが、どちらもあっていいのだと今は思っています。
同じ立場の人へ|次に読める記事・今後追加予定のテーマ
この記事では、子どもだった頃、親になった今、自分の両親を振り返る今という3つの立場から、親子関係について書きました。それぞれの経験について、もう少し詳しく読みたい方は、本文中で紹介した3つの記事も読んでみてください。
不登校や進路について、子どもだった側と親側の両方から考えたい方には、次の記事も参考になるかもしれません。
おわりに|このテーマについて、これから伝えていきたいこと
発達障害と親子関係は、一度考えれば終わるテーマではないと思っています。
自分の子どもが成長していく中で、私自身の考え方や、自分の両親への見方も変わっていくはずです。
ここで紹介した3つの記事に書いているのは、あくまで今の私が感じていることです。これから子育ての経験が増えることで、考えが変わったり、新しく気づいたりすることもあると思います。そのときには、このページにも少しずつ書き加えていきたいです。
このテーマについて、記事だけでは書ききれない体験もあります。
そうしたことも、今後別の形で少しずつ残していきたいと思っています。

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