大人になってからADHD診断を疑う人へ|子供時代の予兆を当事者が振り返って紹介します

大人になってからADHDを疑い始めた
子どもの頃から続く困りごとを整理したい
受診や相談へ進むべきか迷っている

今回は、このような悩みをテーマに記事を書きました。

現在ADHDを疑っている方は、子ども時代や学生時代にも、今の悩みにつながる出来事がなかったでしょうか。

社会人になってから仕事で困るようになり、初めてADHDを疑う方もいると思います。学生時代には大きな問題だと感じていなかったことが、働き始めて責任や自己管理の範囲が広がったことで表面化する場合もあります。

私自身は高校生のときに発達障害と診断されました。しかし、診断を受けた時点ですぐに自分の特性を理解できたわけではありません。社会人になって仕事のミスや叱責に悩むようになってから、ようやく過去の診断と現在の困りごとがつながりました。

この記事では、私の子ども時代から社会人になるまでの経験を振り返りながら、過去と現在の困りごとを整理する考え方をお伝えします。

この記事を読んだからといって、ADHDかどうかを自分だけで判断できるわけではありません。ただ、受診や相談を考えるときに、自分の状況を整理する材料にはなると思います。

目次

なぜ大人になってからADHDの特性に気づくのか

「子どもの頃は普通に過ごしていたはずなのに、社会人になってから急に困るようになった」と感じる方もいると思います。

ADHDは、子どもの頃から見られる不注意や多動性・衝動性などの特徴が、日常生活にどのような影響を与えているかを含めて専門家が判断します。大人になって突然ADHDになるというより、環境や求められる役割が変わったことで、それまで目立たなかった困りごとが表面化することがあります。

ADHDの基本的な特徴や、不注意・多動性・衝動性が生活の中でどのように現れるのかを先に確認したい方は、次の記事も参考にしてください。

学校では時間割や先生の指示があり、周囲の大人が生活を支えてくれます。一方、社会人になると、仕事の優先順位、期限、周囲との調整などを自分で管理する場面が増えます。その違いによって、初めて自分の困りごとに気づく方もいます。

私も子どもの頃は発達障害を疑えなかった

私自身、子どもの頃に自分を「発達障害ではないか」と疑うことはできませんでした。そもそも子どもだったため、自分の行動や周囲との違いを発達障害という言葉に結びつける発想がなかったからです。

当時は今よりも発達障害の認知度が低く、両親や学校の先生も、私の困りごとを発達特性ではなく、性格や個性の問題だと考えていたのだと思います。

転機になったのは高校2年生のときです。不登校になったことをきっかけに、高校のスクールカウンセラーから医療機関の受診を勧められました。そのとき、両親も初めてスクールカウンセラーから「発達障害の疑いがある」と伝えられ、大学病院を受診することになりました。

診断を受けても、すぐには自分のことだと思えなかった

高校生のときに診断を受けましたが、当時の私は正直なところ、自分が困っているとは思っていませんでした。「自分がおかしいのではなく、周りがおかしい」と感じていましたし、友達もまったくいなかったわけではありません。

そのため、診断後は2回通院しただけで、途中から通うのをやめてしまいました。その後は高校を編入し、進学、就職と進みました。振り返ればトラブルは何度もありましたが、当時はそれを発達障害の視点から考えていませんでした。

社会人になり、仕事のミスが続いたときや、周りができていることを自分だけできなかったとき、上司からの叱責が増えて悩んでいたときに、ふと「高校生のときに発達障害と診断されたけれど、あれは何だったのだろう」と考えました。

そこでインターネットで発達障害について調べ、現在の自分の状況と重なることに気づきました。私の場合は、診断された瞬間ではなく、社会人として困りごとを抱えてから、ようやく発達障害を自分のこととして実感したのです。

学生時代と社会人では、失敗が与える影響が違った

学生時代の私は、最終的には誰かが守ってくれるだろうという感覚があり、責任について深く考えていませんでした。学校へ行かなくても、すぐに生活そのものが成り立たなくなるわけではありません。アルバイトを休んだり辞めたりしても、また別の場所で働けばいいと思っていました。

今振り返ると、そのように責任を強く意識しなくても過ごせる環境だったから、何とかなっていた部分もあったと思います。

しかし社会人になると、「会社からお金をもらって働いている」という立場に変わります。任された仕事に対する責任も増え、学生時代と同じようには済まなくなりました。その中で、「どうして周りができることを、自分はできないのだろう」と悩むようになりました。

学校生活とADHDの予兆

学校生活を振り返って気づいた3つのこと

学生時代には困っていなかったつもりでも、社会人になってから振り返ると、現在につながる出来事が見えてくる場合があります。

ここからは、私自身の学校生活を振り返って気づいたことを3つ紹介します。これらがあるだけでADHDだと判断できるわけではありません。ご自身の過去を整理する一例としてお読みください。

環境が変わると適応に時間がかかった

私は、クラス替えや進学などで環境が大きく変わると、慣れるまでに時間がかかりました。特に中学校から高校へ進学したときは、新しい環境に適応できず、不登校になりました。

環境が変わると、それまで自分を理解してくれていた人や、安心して逃げ込める場所との関係も変わります。私にとっては、新しい場所で理解者や居場所を一から作り直すことが大きな負担でした。

環境の変化が苦手かどうかだけでなく、「何が変わると困るのか」「慣れるために何が必要だったのか」まで振り返ると、現在の対処法を考えやすくなります。

緊張する場面で愛想笑いをしてしまった

私は、余計な一言で相手を怒らせてしまったり、真剣に話さなければいけない場面で愛想笑いをしてしまったりすることがありました。

相手を軽く見て笑っていたわけではありません。なぜ怒られているのか分からないまま緊張し、その場を何とか収めようとして、無意識に笑顔が出てしまうことがありました。しかし、相手から見れば、反省していないように受け取られることもあります。

愛想笑いの理由は人によって異なります。私の場合は、相手の怒りにどう対応すればよいか分からないときに出る反応の一つでした。

先生から叱られると頭が止まり、言葉が出なかった

子どもの頃は、学校の先生から叱られることも多くありました。しかし、強い口調で責められると、なぜ怒られているのかを考えたり、自分の気持ちを言葉にしたりすることが難しくなりました。

何も考えていなかったわけではありません。怒られたくない気持ちや恐怖が先に立ち、頭が真っ白になってしまう感覚でした。言葉が出ないことで、さらに「反省していない」と受け取られることもありました。

叱責されると話せなくなる経験がある方は、その場で無理に答えを出そうとするだけでなく、落ち着いてから出来事や気持ちを書き出してみると整理しやすい場合があります。

家庭生活を振り返って気づいた2つのこと

家庭でのADHDの予兆エピソード

小学生まで夜のお漏らしに悩んでいた

私は小学生まで夜のお漏らしが続き、悩んでいました。後に受診した際、主治医から子どもの頃に夜のお漏らしがなかったかを確認されたこともあります。

ただし、夜尿にはさまざまな原因があり、夜のお漏らしが続いたからといってADHDだと判断できるわけではありません。これはあくまで、診察で生育歴を振り返ったときに確認された、私自身の経験です。

一生懸命でも、不真面目だと思われることがあった

自分では一生懸命取り組んでいるつもりでも、同じ失敗を繰り返したり、周囲の期待どおりに行動できなかったりして、両親や周囲から不真面目だと思われることがありました。

叱られることが重なると、「また怒られるのではないか」という気持ちが先に立ち、自分の考えをうまく伝えられなくなることがあります。私自身も、怒られることへの怖さを社会人になってからも引きずっていました。

過去の環境や家族そのものを変えることはできません。ただ、自分が萎縮しやすい状況や、安心して話せる相手を知ることは、現在の環境を考え直す手がかりになります。

過去と現在を比較してADHDの特性を考える

現在と過去を比較して困りごとを整理する

ここまで、私が過去を振り返って気づいたことをご紹介しました。

大切なのは、紹介した経験に自分を無理に当てはめることではありません。現在困っていることと、過去に似た出来事がなかったかを自分のペースでつなげてみることです。

現在の生きづらさを具体的に整理したい方には、
社会人になってからADHDでつらいと感じた瞬間の体験談も参考になります。

例えば、次のように整理できます。

過去と現在をつなげる例

過去:環境が変わると慣れるまでに時間がかかった
現在:配属先や上司が変わると、仕事を進めにくくなる

過去:叱られると頭が真っ白になり、言葉が出なかった
現在:上司に注意されると、相談や説明ができずに萎縮してしまう

自分では気にしていなかった出来事が、現在の困りごととつながる場合もあります。「いつ」「どこで」「誰といるときに」「何に困ったか」を分けて書くと、状況を整理しやすくなります。

ただし、自己分析だけで診断を決めることはできません。整理した内容は、自分に合う対処法を考えたり、医療機関や支援機関へ相談したりするときの材料として活用できます。

つらくなるときは、無理に過去を思い出さない

過去を振り返る作業には、思っている以上に体力を使います。私が就労支援事業所で自分の過去を整理する訓練をしたときも、スタッフから「無理をしない範囲で」と声をかけられました。

一度ですべてを思い出す必要はありません。つらくなったら中断し、時間を置いてから少しずつ整理してください。一人で振り返ることが苦しい場合は、医療機関や支援機関など、安心して話せる相手を頼る方法もあります。

自己分析の後に私が選んだ次のステップ

過去と現在を整理した後、「では次に何をすればよいのか」と迷う方もいると思います。自己分析は、自分だけで診断を確定するためのものではなく、専門家へ相談するときの出発点です。

モヤモヤの理由を知るために再び受診した

私が改めて医療機関を受診しようと決めた一番の理由は、自分が抱えているモヤモヤが、本当に発達障害によるものなのかを知りたかったからです。

インターネットで調べると、自分に当てはまる情報はいくつも見つかります。しかし、似た困りごとが別の理由から生じている可能性もあります。自分だけで結論を出すのではなく、専門家に相談して整理したいと思いました。

受診の手続きや検査そのもので、特に大変だった記憶はありません。ただ、当時でも初診まで約3か月待ちでした。悩みを抱えながら受診日を待つ期間は、かなりしんどかったです。

医療機関によって診療内容や待ち時間は異なりますが、受診を考えている場合は、すぐに予約できるとは限らないことも踏まえて、早めに調べ始めるとよいと思います。

受診先の探し方や予約から診断までの流れ、費用などを確認したい方は、次の記事で私の受診体験とあわせて詳しくまとめています。

診断後にどのような治療や支援の選択肢があるのか知りたい方は、ADHD診断後の治療の流れと当事者の体験も参考にしてください。

一人で働き方を立て直すことをやめ、就労移行支援を利用した

私はその後も、発達障害を隠して一般雇用で働き、就職と転職を繰り返しました。障害を隠したまま周囲の期待に応えようとする働き方に、少しずつ限界を感じるようになりました。

障害を隠して働くことで感じた負担や、長く働けなかった理由については、発達障害を隠して働くリスクと対策をまとめた記事で詳しくお話ししています。

長く働けない理由の一つは、自分の障害を隠し、自分を偽ったまま働いていることではないか。そう気づいてから、障害者雇用を考え始めました。

それでも通所前は、「健常者として働きたい」という思いが強く、障害者として支援を受けることに違和感や抵抗がありました。ただ、同じ働き方を続けても状況を変えられないと感じ、「自分を大事にすること」を優先して、一度立ち止まることにしました。

自分の障害と向き合い、長く働くための準備をする目的で、私は就労移行支援への通所を決めました。事業所を見学したとき、スタッフに伴走してもらいながら転職活動を進められることにも安心感がありました。

就労移行支援では、生活リズムや自己理解を整えるだけでなく、仕事の優先順位のつけ方、メモの取り方、企業へ配慮を伝える方法なども練習しました。就職する場所というより、それまでの働き方をいったん止めて、自分自身と向き合う時間だったと思います。

就労移行支援で実際に受けた訓練や、通所から就職までの流れは、就労移行支援を利用した当事者の体験談で詳しくまとめています。

障害者雇用でどのような配慮を受けられるのか、自分の希望を上司や人事へどう伝えるのかについては、障害者雇用における合理的配慮の具体例と伝え方も参考にしてください。

働き方を一人で整理するのが難しい方へ

就労移行支援を検討しているなら、発達障害など障害別の支援を行う「atGPジョブトレ」で、支援内容や通所できる事業所を確認できます。

すぐに利用を決める必要はありません。まずは自分に合う支援かどうかを確かめるために、見学について問い合わせてみるのも一つの方法です。

対象はご本人です。通所可能地域は東京都・千葉県・神奈川県・埼玉県・愛知県・岐阜県・大阪府・京都府・兵庫県・奈良県です。最新の対象地域や利用条件は公式ページでご確認ください。

受診や相談を迷っている方へ

私が子どもだった頃と比べると、発達障害のある子どもを支える環境は整ってきたと感じます。保育園や幼稚園、学校などで、発達障害の傾向に周囲が気づく機会も増えているように思います。

一方、社会に出た後の発達障害に対する考え方や関わり方は、私が新卒だった頃から大きく変わっていないようにも感じます。制度が変わっても、発達障害を見る周囲の目が冷たいと感じる場面はあります。

私は現在、障害者雇用で働いています。それでも、「どう接すればよいのか分からない」と、初めて赤ちゃんを抱くような慎重さで接してくる方はいます。私自身も、その視線を気にしながら働いています。

社会の構造や周囲の考え方は、そう簡単には変わりません。だからこそ大切なのは、すべてを一人で抱えず、「助けてほしい」と思ったときに助けてもらえる環境を整えておくことだと思います。

今、受診や就労支援への相談を迷っているのであれば、すぐに答えを出さなくても構いません。まずは誰かと一緒に悩んでみるのもよいと思います。手を差し伸べてもらえることは、本当にうれしいことです。

まとめ

ADHDに関する情報は、私が初めて調べた頃よりも見つけやすくなりました。しかし、インターネット上の情報がすべて自分に当てはまるわけではありません。

今回紹介した経験に当てはまらない方もいます。ADHDの現れ方や、生活の中で困る場面は人それぞれです。

まずは、現在困っていることと、過去に似た出来事がなかったかを整理してみてください。そのうえで、自分だけでは分からないことや生活に支障が出ていることがあれば、医療機関や支援機関へ相談することも選択肢の一つです。

時間はかかると思いますが、自分と向き合った経験は、今後の環境や働き方を考える材料になります。

この記事が、自分の過去と現在を整理し、一人で抱え込まずに次の一歩を考えるきっかけになれば幸いです。

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この記事を書いた人

高校2年生の不登校をきっかけに、スクールカウンセラーの勧めで大学病院を受診し、発達障害(ADHD)の診断を受けました。

その後、専門学校を卒業して社会人になるものの、働き方や人間関係につまずき、一時期は社会から距離を置くような引きこもり期間も経験。

就労支援事業所への通所を経て、現在は上場企業のオープンポジション枠で、障害者雇用として管理部門に勤務しています。

今は発達障害と向き合いながら、結婚・子育て・マイホーム購入・住宅ローン返済中のリアルな日々を過ごしています。

このブログでは、不登校・いじめ・就職・障害者雇用・制度活用・子育て・暮らしの工夫など、これまでの経験をもとに、同じように悩む方やご家族に向けて発信しています。

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