発達障害の私が親になって気づいたこと|自分の両親への感情が変わった日

発達障害の当事者として親になったとき、
自分の両親への感情が少しずつ変わっていくのを感じました。
それは劇的な変化ではなく、子育てを続ける中でじわじわと起きたことです。

この記事は、発達障害の子どもを持つ親に向けた記事ではありません。
発達障害の当事者として育ち、自分が親になった側の話です。同じような立場にいて、
誰かの体験談を通じて自分の感情を確かめたいと思っている方に届けばと思って書きました。

この記事を書いた人

綴木ナヲ

綴木ナヲ

TSUZUKI NAWO

ADHD・ASDの当事者として約20年。 障害者雇用で働きながら、子どもを育てています。 自分自身の経験をもとに、発達障害、働き方、子育てや家族について綴っています。

発達障害と生きること、働くこと、親になること。

発達障害 障害者雇用・働き方 子育て・家族
綴木ナヲについて
目次

はじめに。発達障害の私が親になって見え方が変わったこと

自分が親になって、
子どもの日々の出来事を夫婦で共有するようになったとき、ふと思ったことがあります。

「両親も、自分のことをどうしたらいいのか分からなくて、二人で話していたのかもしれない」と。

親になる前は、「なぜあんなに怒られなければいけなかったんだろう」という気持ちが強くありました。それが親になってからは、少し違う見え方をするようになりました。

両親への気持ちが完全に変わったというより、子どもの頃には見えなかった両親側の事情を、
以前より想像できるようになったという感覚が近いです。

感謝も、怒りも、後悔も、今もまだ混在しています。きれいに整理できた話ではありません。
それでも、その感情の変化を言葉にしておくことには意味があると感じています。

親になる前の私と、両親への感情

幼少期から自立・結婚するまで、発達障害を抱えていたことで両親にたくさん迷惑をかけてきました。自分でもそう感じていましたし、今もそう思っています。

母親は、私のために発達障害の勉強をして接し方を学んでくれていました。父親は、学生時代から「自分の息子は障害者なんかじゃない」という気持ちが強かった。その気持ちがどこから来ていたのか、当時の私には分かりませんでした。

父親への感情は特に複雑でした。学校での出来事が母親経由で父親に伝わり、夜になって父親が大爆発するというパターンが多かったからです。

昼間の出来事で、夜になって突然強く怒られる。子どもの私にとって父親はとにかく怖く、「また何か伝わって怒られるんじゃないか」という感覚が日常の中にありました。

親になる前の私にとって、両親への感情は「なぜあんなに怒られなければいけなかったんだろう」という問いに集約されていたと思います。その問いに答えが出ないまま、大人になりました。

親になって初めて気づいた両親への感情の変化

「はっきりこの時から変わった」と言える瞬間はありません。子どもが小さいうちは毎日のお世話に精一杯で、自分の子ども時代を振り返る余裕はほとんどありませんでした。

変化が始まったのは、子どもが成長して「どう伝えたら分かってくれるんだろう」と考える場面が増えてきた頃からです。夫婦で子どものことを話し合う機会も増え、そうした日常を過ごすうちに、自分の子ども時代と重なる瞬間が少しずつ出てきました。

子どもの日々の出来事を夫婦で共有していると、「両親も自分のことをどうしたらいいのか分からなくて、二人で話していたのかもしれない」と考えるようになりました。

何か一つの出来事をきっかけに気持ちが変わったのではありません。子育てを続け、自分自身の人生も進んでいく中で、子どもの頃とは違う位置から両親を見るようになったのだと思います。

子育てをして初めて「自分を育てる大変さ」が見えてきた

自分の子どもに対して、「発達障害かもしれない」と感じたことは今のところありません。ただ、保育園での話や周囲の友人たちの話を通じて、発達障害のある子どもを育てている家庭の話を耳にすることはあります。

そうした話を聞きながら自分自身の子育てをしていると、むしろ今の子どもとの違いから、自分の両親の大変さを想像するようになりました。

「私を育てていた頃の両親は、本当に1秒たりとも目を離せなかったんじゃないか」

そんなことを、今は日々感じます。

両親から、自分が今の子どもと同じくらいの年齢だった頃のエピソードを聞くこともあります。自分の子どもを育てていて「今日は疲れたな」と思う日はありますが、昔の自分の話を聞くと、「自分を育てる大変さは、今の自分とは比べものにならなかったんだろうな」と思います。

私は幼稚園の頃から社会人になるまで、両親が呼び出されるような出来事が何度もありました。当時の自分は、そのたびに両親がどんな気持ちで対応していたのかまで考えることはできませんでした。

でも、自分が親になった今は違います。日々の子育てだけでも疲れることがある中で、もし自分の子どもが幼稚園から社会人になるまで何度も呼び出されるような状況が続いたら、親として相当大変だろうなと想像できます。

そう考えると、「よく自分を大きく道から外さず、自立するところまで育ててくれたな」と、今になってようやく思えるようになりました。

今の子育て環境と比べて、両親の試行錯誤を考えるようになった

今は、私が子どもだった頃と比べると、発達障害という言葉を耳にする機会が増え、子どもや家族が支援につながるための情報も見つけやすくなったように感じています。

だからこそ、自分が育った30年ほど前のことを考えるようになりました。

当時の両親は、私への接し方や育て方について、今のように簡単に情報を見つけられる環境ではない中で試行錯誤していたのではないかと思います。

子どもの頃の私は、両親の接し方に対して「なぜこんなことをするんだろう」と感じることがありました。でも今は、当時の両親が置かれていた環境まで含めて考えるようになり、「あのときの接し方も、どうしたらいいのか分からない中で試行錯誤した結果だったのかもしれない」と思うことが増えました。

もちろん、だからといって当時のすべての関わり方を肯定できるわけではありません。

ただ、子どもだった頃には考えられなかった「両親も正解が分からない中で子育てをしていたのかもしれない」という視点を持てるようになったことは、自分の中では大きな変化でした。

過去が変わったのではなく、過去を見る位置が変わった

もちろん、今振り返っても納得できないことはあります。それでも、現在の自分が大きく道を外れることなく、発達障害を抱えながらも地に足をつけて人生を歩めていることを考えると、結果として両親が私にしてくれたことは、すべてが間違っていたわけではなかったのだと思うようになりました。

自分にとって大切な友人と出会える環境があり、進学や就職、結婚、子育てと、自分なりに人生を進めてくることができました。

もちろん、ここまで来られたのは両親のおかげだけではありません。運に助けられた部分もありますし、自分自身で選び、努力してきたこともたくさんあります。

両親との関係も、何でも先回りして助けてもらうというより、基本的には自分の足で歩きながら、必要なときには最低限助けてもらい、それを見守ってもらうという形に変わっていきました。

そうやって自分自身の人生のライフステージが変わっていくにつれて、両親への気持ちも少しずつ変わっていったのだと思います。

子どもの頃の自分には、将来こんなふうに両親のことを考えられるようになるなんて、1ミリも想像できませんでした。

もし私が、自分自身の足で人生を歩こうとせず、ずっと両親への怒りや恨みだけを抱え続けていたら、今の自分はなかったかもしれません。そして、両親への気持ちも子どもの頃のまま変わらなかったのではないかと思います。

過去の出来事そのものが変わったわけではありません。自分が歩いてきた人生によって、その過去を見る位置が変わった。そのことが、両親への感情の変化につながっているように感じています。

子育てをしながら親への見方が変わっていく感覚については、
子どもの頃は親の気持ちが分からなかった当事者の振り返りでも、別の角度から書いています。

発達障害の特性と、両親への感情変化の関係

発達障害の特性が、両親への感情変化にどこまで影響していたのかを、
私自身が医学的に判断することはできません。

ただ、自分自身の体験として振り返ったとき、子どもの頃の私は両親が何を伝えようとしているのか、なぜ怒っているのかを理解できないことが何度もありました。

「なぜ怒られているのか」が分からなかった子ども時代

子どもの頃、両親に怒られているときに一番分からなかったのは、
「何について怒っているのか」ということでした。

よく「なんで怒っているのか、自分で考えてみろ」と言われていたのですが、
私にはその答えがなかなか出せませんでした。

「こういうことをしたから怒っているの?」と自分なりに考えて答えても、「違う!」と言われることが多く、次第に答えること自体が怖くなっていきました。

当時の私にとって、両親との話し合いは「相手の気持ちや意図を理解する時間」というよりも、
「間違ったことを答えたら、さらに怒られるかもしれない時間」になっていたのだと思います。

そのため、怒られている理由を理解して納得するというより、「とりあえず謝っておこう」と考えることが多くなりました。何を伝えれば正解なのか分からないことと、怒られる怖さの方が強く残っていたからです。

今振り返ると、両親は私自身に
「なぜいけなかったのかを考えてほしい」と思っていたのかもしれません。

ただ、当時の私にはその意図まで考える余裕がなく、
怒られている理由よりも、怒られることそのものへの怖さが大きくなっていました。

親になって、自分の子ども時代を初めて客観視できた

今、自分の子どもを育てるようになって、
初めて「自分を育てることがどれだけ大変だったのか」を少し客観的に見られるようになりました。

子どもの頃は、自分自身がその出来事の真ん中にいるので、
両親がどれだけ心配していたのか、どれだけ悩んでいたのかまでは見えていませんでした。

でも、自分も親になり、子どもの一つひとつの出来事に向き合う立場になったことで、ようやく当時の両親が背負っていたものの一部を想像できるようになった気がします。

発達障害の特性そのものについて一般化することはできませんが、少なくとも私の場合は、子どもの頃には理解できなかった両親の言葉や行動を、自分が親になった今になって別の角度から考え直すようになりました。

発達障害の特性が子育ての中でどのように表れるのかについては、
私自身の体験をまとめた「発達障害の特性が子育てで顕在化するプロセス」でも詳しく書いています。

親になった今の私。感情と自己理解の現在地

今の両親への気持ちを一言で言うなら、「本当に感謝している」です。
母親については、「本当に尊敬している」という言葉が一番近いと思います。

母親は私のために発達障害の勉強をして接し方を学び、
長年勤めた会社から医療系の会社に転職して、私を育てた経験を仕事に活かしています。

父親は、私が社会人のときに通院していた病院の先生から「健常者の父親としては100点だが息子さんの父親としては30点」と言われたことをきっかけに、私の背中を押したり、私を第一に考えてくれるようになりました。

今の自分の言葉で表すなら、「大変な問題児を、よく大きく道を外さず、自立するまで諦めずに育ててくれたな(笑)」という気持ちです。

ただ、父親の怒り方については今も肯定できていません。子どもの頃に怖かったという記憶は変わりませんし、もっと違う関わり方をしてほしかったという気持ちも残っています。

両親が大変だったことを理解できるようになったことと、子どもの頃に感じた怖さをなかったことにすることは、私の中では別の話です。

だからこそ、今の自分の中には感謝と、まだ解消されていない感情の両方があります。

両親への感情がすべて「整理できた」という話ではありません。
今も現在進行形で変わり続けています。

それでも、子育てをして、自分自身の人生を歩いてきたことで、
子どもの頃にはまったく想像できなかった位置から両親を見るようになったことは確かです。

同じ経験を持つあなたへ。自分の感情を振り返るための問い

自分の感情の変化を言語化するのは、簡単ではありません。無理に答えを出すためではなく、自分の中にある気持ちを少し振り返るための問いとして、いくつか置いておきます。

自分の中にある気持ち
  • 親になる前、自分の両親に対してどんな感情を持っていましたか?
  • 子育てを通じて、両親の行動や気持ちが「少し分かった」と感じたことはありますか?
  • 今も解消されていない感情があるとしたら、それはどんなものですか?
  • 子どもの頃、両親の言葉や意図を理解できずに苦しかった経験はありますか?
  • 両親への感情が変わったとしたら、それはどんな経験や人生の変化からでしたか?

これらの問いに、必ず答えを出す必要はないと思っています。

私自身も、両親への感情をすべて整理できているわけではありません。ただ、自分の中にある気持ちを言葉にしてみることで、以前とは違う見え方に気づくことはありました。

おわりに。親になったからこそ見えるようになったこと

子どもの頃の私は、
将来、自分が親になって両親に感謝するようになるなんて1ミリも想像していませんでした。

当時の私から見えていたのは、「なぜ怒られているのか分からない」「父親が怖い」「どうして自分のことを分かってくれないんだろう」という自分側の景色だけだったからです。

でも、自分も親になりました。子育てで疲れることもあれば、どう伝えたらいいのか分からず考えることもあります。そんな日々を過ごすようになって、初めて自分を育てていた頃の両親の大変さを想像するようになりました。

それでも、過去に納得できないことがなくなったわけではありません。感謝できるようになったからといって、怖かった記憶まで肯定する必要もないと思っています。

私にとって大きかったのは、過去を無理に肯定することではなく、自分自身の人生を歩き、親という新しい立場を経験したことで、過去を見る位置が変わったことでした。

感情を言語化することは、答えを出すためだけではありません。自分の過去と向き合う入り口として、あるいは今の自分の状態を確認する手段として、言葉にすることには意味があると私は感じています。

発達障害の当事者として親になった経験を持つ人が、自分の感情について話す機会は、決して多くないかもしれません。この記事が、同じような経験を持つ誰かにとって、自分自身の気持ちを振り返るきっかけになればうれしいです。

発達障害の当事者が子ども時代を振り返り、親にしてほしかったことについては、
こちらの記事でも書いています。→ 発達障害の当事者が子ども時代を振り返り親に伝えたいこと

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

高校2年生の不登校をきっかけに、スクールカウンセラーの勧めで大学病院を受診し、発達障害(ADHD)の診断を受けました。

その後、専門学校を卒業して社会人になるものの、働き方や人間関係につまずき、一時期は社会から距離を置くような引きこもり期間も経験。

就労支援事業所への通所を経て、現在は上場企業のオープンポジション枠で、障害者雇用として管理部門に勤務しています。

今は発達障害と向き合いながら、結婚・子育て・マイホーム購入・住宅ローン返済中のリアルな日々を過ごしています。

このブログでは、不登校・いじめ・就職・障害者雇用・制度活用・子育て・暮らしの工夫など、これまでの経験をもとに、同じように悩む方やご家族に向けて発信しています。

コメント

コメントする

目次