子供の不登校の原因がわからない
理由がなくて不登校になるの?
子供が理由を話してくれない
今回はこの悩みを解決するきっかけとなる記事を書きました。
現在私は、ADHDをオープンにして働いています。
そんな私も過去は不登校を経験しています。
過去の不登校になった理由は、明確なものがあり助けてほしいというサインからでした。
両親には理由もわからず困惑させてしまったのではないかと今となっては考えられます。
今回は原因がわからず悩んでいる親世代の方へ、
当時私が不登校だった時の気持ちを元にどのような対策をすればよいかご紹介します!
この記事を読むと分かること:子どもが理由を話せない背景・親が今すぐ意識したいこと(理由を問い詰めない・いつも通り接する・味方であることを示す)・学校外の選択肢と相談先の考え方を、不登校経験者の当事者視点でお伝えします。
まずは「不登校の理由を両親へ話せない原因」→「不登校の時両親にしてほしかったこと」の順に紹介していきますね!
それではどうぞ!

不登校の原因がわからない…私は当時こんな気持ちでした

子供がいきなり不登校になってしまい原因がわからず困惑している
このような悩みを抱えていませんか?
一つ言えることは、いきなり不登校になることは間違いなくありません。
発達障害の特性が学校生活でどのように現れるかについては、子供の頃のADHD症状と学校生活での出来事をまとめた記事も、状況を整理する際の参考になります。
私も当時不登校になったときは、理由が明確なものと理由がないものがありました。
もちろん両親には不登校になったきっかけなど話そうとは思えませんでした。
ではなぜ、両親に不登校になった原因を話せなかったのか、
それは大きく分けて3つが原因だったと考えられます。
1.先生も両親も大人だから
2.味方になってほしかった時、突き放された経験があるから
3.自分の身になって一緒に考えてほしいと思っていたから
この3つです。
1.先生も両親も大人だから
不登校当時の自分は発達障害の特性もあり、クラスで悪目立ちする存在でした。
そんなときほとんどの先生に言われた言葉が、



なんで皆と一緒のことがお前にはできない
という言葉です。
この言葉は今でも忘れられません。
次第に先生から怒られることに恐怖を感じるようになり、怒られている姿を薄ら笑いするクラスメイトの雰囲気に耐えることが出来ず学校に行きたくないと思っていました。
その後学校に行かなくなったことで、先生から両親へ連絡が入りました。
先生からは「周りに合わせられない行動が多い」と原因は私にあることを両親へ指摘され家でも先生と同じように、



なんで言われたことができない!
と両親から怒られることで「先生も両親も同じ大人で助けてくれない人」という考えになってしまいました。
これが両親に本当のことを言えない原因の一つです。
もし子どもが黙って部屋にこもりがちになっていたら、まずは責めずにそっと様子を見てあげることが、次の一歩につながります。
2.味方になってほしかった時、突き放された経験があるから
不登校になった自分の本心では、両親には味方でいてほしいと思っています。
不登校になる前、「学校に行きたくないと言っても助けようとしてくれなかった」と言っても両親は「私たちはいつでもお前の味方だ」と言われました。
では本当に助けてほしいサインを出している子供を助けることが出来ていたのか?
両親はこのような姿を私に見せていました。
1.仕事で忙しそう(ピリピリしている)
2.家ではいつも怒ってばかり
3.自分が言うこと全てに否定的
など日頃何気ない両親の態度を子供のころの私はすごく気にしていました。
両親の仕事が忙しい時に、
「こんなに忙しい時にわがまま言わないで学校に行きなさい!」
という言葉は「味方でいてほしい人に突き放された」と感じてしまった言葉です。
子供のサインを見流していませんでしたか?
私は両親の何気ない行動が不登校の理由を話せなかった原因だと考えています。
子どもが「行きたくない」と言えた瞬間こそ、まず「そうか、つらかったんだね」と受け止めるだけで、子どもの心は少し軽くなります。
3.自分の身になって一緒に考えてほしいと思っていたから
私の気持ちを両親に感じ取ってほしい時に言わない時もありました。
学校に行きたくないことも口にせずただ部屋に引きこもる日々が続き、



なんで学校にいきたくないの?
と聞かれることが嫌でした。
自分の学校に行かなくなった行動を認めてほしいだけです。
もちろん学校にいかなくなった理由は、必ずあります。
両親が私の状況になったらどう思うか両親に考えてほしいと思っているからこそ
自分からは本当の原因を話したくないということです。
「なぜ行かないの?」と問い詰めるより、「今日は家にいていいよ」と一言伝えるだけで、子どもは安心して次第に自分から話してくれるようになります。
学校に行きたくない理由はさまざま|親が状況を見分けるヒント
子どもが「学校に行きたくない」と言う理由は、一つとは限りません。私自身の経験でも、明確な理由があるときと、うまく言葉にできない理由が重なっているときがありました。
親として状況を見分けるうえで、参考になる視点をいくつか挙げます。
- 人間関係のつまずき:友人関係のトラブル、クラスでの孤立、先生との関係など。子どもが特定の人の名前を出したり、グループの話を避けたりするときはサインかもしれません。
- 体調・睡眠の変化:朝になると頭痛・腹痛・吐き気が出る、夜眠れないなど身体症状が出ることがあります。「仮病」と決めつけず、まず体の状態を確認してみてください。
- 勉強・授業への不安:授業についていけない、テストが怖い、宿題が終わらないといったプレッシャーが積み重なることがあります。
- 発達特性との関係:私のように発達障害の特性がある場合、集団のルールや感覚的な刺激(騒音・人混みなど)が強いストレスになることがあります。「なぜできないのか」ではなく「何が難しいのか」を一緒に考えることが大切です。
- 理由が複合している:上記のどれか一つではなく、複数の要因が重なっていることも多いです。「原因が一つ見つかれば解決する」と考えず、子どもの話を少しずつ聞いていく姿勢が助けになります。
親が避けたいNG行動と、当時それがつらかった理由
当事者として振り返ると、親の言動の中で特につらかったものがあります。善意からの行動でも、子どもには逆効果になることがあります。既存の体験をもとに3つ整理しました。
NG① 理由を繰り返し問い詰める
「なんで行かないの?」と何度も聞かれることが、当時の私には一番つらかったことの一つです。理由を話せない状態のときに問い詰められると、「理由を言えない自分がおかしい」という罪悪感が重なります。子どもは理由を隠しているのではなく、うまく言葉にできないことが多いのです。
親ができること:「話したくなったらいつでも聞くよ」と一言伝えて、あとは待つ。
NG② 周りの子と比べる
「○○ちゃんは学校に行っているのに」「みんなはできているのに」という言葉は、本人がすでに感じている負い目をさらに深めます。不登校の時は周りと比べられることが一番嫌でした。自分でも「なぜできないんだろう」と思っているところへ比較が重なると、悩みを一人で抱え込んでしまいます。
親ができること:「あなたはあなたのペースでいい」と伝え、比較の言葉を意識して避ける。
NG③ 忙しさや感情的な言葉で突き放す
「こんなに忙しい時にわがまま言わないで学校に行きなさい!」という言葉は、「味方でいてほしい人に突き放された」と感じた言葉として今でも記憶に残っています。仕事で疲れているときや感情的になっているときの言葉は、子どもの心に深く刺さります。
親ができること:感情的になりそうなときは一度その場を離れ、落ち着いてから話す。子どもの前では「味方である」という態度を行動で示す。
私自身、不登校だった頃を振り返ると、何かを正しく解決してもらうこと以上に「自分の側にいてくれる」と感じられることが大切だったのだと思います。
発達障害の子育てで大切にしたい「味方であり続ける」姿勢については、
別の記事でも当事者の立場から詳しく書いています。
不登校の原因がわからないとき両親が出来る行動とは
今思えば、不登校だった自分は両親と正解のない気持ちのぶつかり合いを繰り返していました。
その本質は愛情です。両親からの愛情が子供の求める愛情とは限りません。
「子供に愛情を伝える」をベースに、
当時の自分が両親にしてほしかったことを紹介します!
1.自分の行動を認めてほしかった
2.周りと比べないでほしかった
3.学校の話を聞いてほしかった
この3つです!
1.自分の行動を認めてほしかった
学校に行かない選択は、自分を守る選択ということです。
その行動を両親に認めてほしいと当時の自分は考えていたのではないか考えています。
子供が学校に行きたがらないと悩むのであれば、家ではいつも通り接してあげてください。
子供の心の中では学校に行かないことを両親は怒っているのではないかと常に不安になっています。
そんなときは、
今日は家で映画でも見てみる?
ゲームでもやるか!一緒にどうだ?
といったように一緒に学校に行かないことを楽しんでください。
当時の自分がそれをしてもらうと、学校に行かないことを認めてくれたと感じることが出来ると思います。
次第に心を開いて本当のことも話してくれると思いますが、
話してくれるまで聞かないことが大切ですよ!
ぜひ、いつも通り接してあげてください。
2.周りと比べないでほしかった
不登校の時は周りと比べられることが一番嫌でした。
本人は周りと違う行動をしていることに負い目を感じています。
そんなときに、周りと比較されると悩みを一人で抱えてしまいます。
そんなときは、周りと一緒でなくていいことを話してみませんか?
日本で生活をしていると右にならえで「郷に入ったら郷に従う」ことを求められることは多いですよね。人生は人それぞれです!!
私は不登校が原因で全日制の高校から通信制の高校へ編入しました。
世間からしたら、高校の途中で別の高校に編入し、
平日はアルバイトしていることは変わっていると思われるでしょう。
ですが、高校はしっかりと卒業してその後も進学しています。
周りと比べるのでなく、自分の子供にとって一番いい選択を両親が一緒に考えてくれることが
当時の自分にとって大変心強く感じました。
まずは周りと比べることをやめてみましょう!
通信制への編入など、学校の選択肢を広げることを検討している方は、
発達障害の子供の進路と学校選びの考え方についてまとめた記事も参考にしてみてください。
3.学校の話を聞いてほしかった
子供からしたら学校が社会です。
大人が会社の愚痴を吐くのと一緒で子供も話す場が必要と考えています。
当時の不登校だった自分に両親が学校はどう?と聞かれても答えるかどうかは疑問ですが、
確かなことは、学校でいいことがあったときは話したい気持ちがありました。
その表情を読み取って学校でなにかあった?と聞けば必ず答えてくれます。
要するに、学校のこともそうですが子供との会話が何よりも大切ということです。
社会人になってから「話すの上手いね」と言われることが増えましたが、
それは私が不登校になった後、家族の会話が増えたことが理由と考えています。
学校での出来事をインプットとしたら、その出来事を両親に説明するアウトプットを行ってきた積み重ねが、対人との会話スキルに繋がったと考えています。
ですから、ぜひ学校のことを話す習慣がない方は、ぜひ何かをきっかけにして学校のことを聞いてみてください!タイミングは大切ですよ!
子どもが少しでも話してくれたら、その内容を否定せずに「そうなんだね」と受け止めることが、次の会話への扉を開きます。
ここでは不登校だった時に両親にしてほしかったことを中心に書きましたが、子ども時代全体を振り返ると、ほかにも「こんなふうに関わってほしかった」と感じていることがあります。発達障害の子ども時代に親にしてほしかった関わりについて、当事者の視点からまとめた記事もあります。
学校復帰以外の選択肢と相談先について
私自身、全日制の高校から通信制の高校へ編入し、その後も進学しています。
ただ、当時の私は最初から「通信制高校へ行きたい」と考えていたわけではありません。高校2年生の夏、2回目の不登校になった頃は、進路について自分で何かを決められるような状態ではありませんでした。
学校に行きたくないのに、別の高校へ行ったからといって不登校が解消されるわけではない。そんな気持ちも抱えていました。
私が通信制高校を知り、編入を決めるまで
当時はまだ高校生だったこともあり、進路については在籍していた学校と母親が話をしながら、編入も一つの選択肢として考え始めてくれていたようです。
そんな時、たまたま住んでいた地域の駅近くに新しく通信制高校の分校ができました。駅へ行った時に「何だろう、この学校?」と気になったことが、通信制高校について調べ始めるきっかけでした。
高校2年生の夏、母親と一緒にその学校へ見学に行きました。初回の見学では学校の説明を聞くだけではなく、通信制高校の先生に「なぜ学校に行きたくないのか」ということを相談するような形で話をしました。
一方で両親は、このまま高校を中退するよりも、全日制高校ですでに取得した単位を活かして通信制高校へ編入できれば、それまで通ってきた期間を無駄にせずに済むと考えていました。
すでに全日制高校で不登校になっていた自分にとって、別の全日制高校や定時制高校へ通い直すことも簡単ではありません。そこで、登校する頻度を自分のペースに合わせやすい通信制高校なら、今の状態からでも続けられるのではないかという考えから、通信制高校への編入を選びました。
通信制高校へ編入して一番よかったのは、単位を引き継げたこと
今振り返って、通信制高校へ編入して一番よかったと思うのは、全日制高校で取得していた単位をそのまま引き継げたことです。
同じ時期、地元の友人も不登校になり通信制高校へ編入しました。ただ、その友人は単位を取得するタイミングと編入するタイミングの関係で、編入後にもう一度同じ学年を繰り返すことになっていました。
私はそれまで取得した単位を活かして進むことができたので、当時は「同じ学年をもう一度やらなくて済んだ」ということに一番安心したのを覚えています。
また、通信制高校ではスクーリングの予定を自分で調整できたため、私にとっては大学に近いような感覚がありました。自分のペースで通えることは、不登校だった当時の自分には合っていたと思います。
ただし、自由だから楽だったわけではありません。卒業までに必要な単位数を確認し、必要なスクーリングに参加して、期限までにレポートを提出する必要があります。
全日制高校のように決められた時間割に沿って通うのとは違い、自分で管理しなければならない部分が多いため、私にとってはその点が大変でした。
通信制への編入を考えている場合は、「通う頻度を調整しやすい」という面だけでなく、これまで取得した単位をどこまで引き継げるのか、卒業までにどの単位・スクーリング・レポートが必要なのかも、編入前に学校へ確認しておくことが大切だと自分の経験から感じています。
私の場合は、全日制で取った単位をそのまま引き継げたことで、
「同じ学年をやり直さずに済んだ」ことが一番の安心材料でした。
当時の私は、学校には行きたくない。でも、高校を卒業することまで諦めたいわけではありませんでした。
もし今、お子さんも似たような気持ちを抱えているなら、転校するかどうかをすぐに決めなくても大丈夫です。まずは「今の単位をどこまで引き継げるのか」「どんな通い方ができるのか」を知るだけでも、次の選択肢が見えてくると思います。
学校外の選択肢として、一般的に知られているものをいくつか挙げます。
制度の詳細や利用条件は自治体・学校によって異なるため、必ず学校や公的な窓口で確認してください。
- 通信制高校への編入・転入:私が実際に選んだ方法です。自分のペースで学習を進めやすい一方、単位・スクーリング・レポートなどの自己管理も必要になります。
- フリースクール:学校以外の居場所として、子どもが安心して過ごせる場を提供しています。内容や費用は施設によって異なります。
- 転校・学校の変更:環境を変えることで状況が変わる場合もあります。
- 在籍校への相談・別室登校:完全に学校を離れなくても、保健室や別室を活用する方法もあります。
相談先については、以下のような窓口があります。
- 学校(担任・スクールカウンセラー):在籍校へ相談することで、学校側で取れる対応や進路の選択肢を確認できます。
- 自治体の教育相談窓口:各市区町村の教育委員会や教育センターなどに相談窓口が設けられている場合があります。
- 専門機関(児童相談所・発達支援センターなど):発達特性が関係している場合や、より専門的なサポートが必要な場合の相談先の一つです。
私の場合は、自分から自治体の相談窓口などを探したというよりも、在籍していた学校と母親が進路について話を進め、その中で偶然知った通信制高校へ母親と見学に行き、先生へ相談したことが編入につながりました。
不登校の原因がわからないと悩む親世代の方へ
不登校には必ず理由はあります。
気づけないのであれば、両親が想像している以上にお子さんは成長されています。
私も実際に不登校をきっかけに家族との関わり方が変わった気がします。
不登校になる前は、母親だけに学校の話を聞かれていたことが、
不登校になった後は、父親も学校のことを定期的に聞いてくるようになりました。
私が不登校になった本当の原因は、自分の本音を理解してくれる味方を見失っていたからだと今では感じています。
友達には嫌われないようにしよう、先生には怒られないようにしよう、両親を困らせないようにしないと、といった気持ちから本当の味方を見失っていました。
私の場合、しっかりと味方を見つけることが出来ましたが、それが出来ずに深刻な状況に追い込まれてしまう子どもがいることも、当事者として感じています。
不登校がきっかけでお子さんから学ぶこともあると思います。
現に私の父親は私が不登校になって人がガラッと変わり私としっかり向き合うようになってくれました。
私自身の親子関係については、不登校だった子ども時代だけでなく、自分が親になった今、そして今の自分から両親を振り返る視点でも考えるようになりました。発達障害の当事者として子育てと親子関係を3つの時間軸から振り返った記事に、その変化をまとめています。
原因がわからないのであれば、まずはいつも通りの接し方からお子さんの成長を感じ取ってみてはいかがでしょうか。









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